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(満年齢で記す。)
昭和45年 (1970) 51歳
1月、郷里皆野中学校校歌を作詞。海程編集に尽力した詩才・大山天津也の死
を悼み「梨の木」を書く。「俳句研究」に「女流の序」(5月号)、「友人としての八束」
(8月号)、「俳句を志す人へ」(10月号)を執筆。10月、父・伊昔紅、埼玉県社会
文化受賞。学習研究社「高一コース」俳句選担当。「俳句」8月号にわが、主張・わ
が俳論として「土がたわれは」(題名は堀徹の「子規に於ける写生の意味」に引か
れた正岡子規のく混沌が二つに分かれ天となり土となるその士がたわれは>に由
来)を執筆。
※10月、評論集『定型の話法』 (海程社)出版。
昭和46年 (1971) 52歳
6月、「海程」創刊10周年全国俳句大全を東京・私学会館で開催。「俳句」8月
号「現代の風狂」と題して「金子兜太特集」。9月、「海程」北海道大会のあと、皆子と
釧路・阿寒・網走・層雲峡を旅する。「定住漂泊」を「週刊読書人」に執筆。第2回原
爆忌東京大会などて講演。「現代俳句と本格」を「海程」に書く。
昭和47年(1972) 53歳
1月、福井県左右海岸で「海程」勉強会。「俳句」2月号で森澄雄と対談「造化放
談」同5月号に「『成長』という名のノートー句集『少年』のこと」執筆。5月、『現代俳
句大系』第10巻(角川書店)に第一句集『少年』収載、同月報に「当時の関西」を
執筆。
6月、寝屋川での「海程」全国同人会へ出席。朝日新聞に「秩父国民党」を4回連
載。山頭火、放哉関係の文を多く書く。
※7月、『俳句-短詩型の今日と創造』(北洋社)、10月、評論集「定住漂泊』
(春秋社)、11月、第4句集『暗緑地誌』(牧羊社)刊。
昭和48年(1973) 54歳
「俳句研究」2月号の特集「放哉・山頭火の世界」に「旅と放浪」を執筆。4月、父
伊昔紅「秩父音頭の碑除幕式。伊昔紅「秩父音頭」を「俳句」も5月号へ寄稿。6月、
「海程」全国同人会を東京で開催。九州俳句協会大会、現代俳句協会などで講演。
「一茶覚え」を「俳句」7月号、8月号に執筆。9月、『現代日本文学大系』第95
巻「現代句集」(筑摩書房)に第一句集『少年』収載。10月、『日本の古典22』「蕪
村良寛・一茶」(河出書房新社)に「一茶句集評釈」を収載。
「日常で書く」を「現代詩手帖」に、「詩形一本」を「俳句とエッセイ」に執筆。
昭和49年(1974) 55歳
1月、「海程」100号記念特集号。5月17日、長男真土、星野知佳子と結婚。
9月14日、学士会館で日銀有志による「金子兜太をダシにする親睦会」。9月30
日、日本銀行定年退職。相葉有流の好意で上武大学教授となる。「俳句研究」
11月号の特集「物と言葉の周辺」に「物と言葉-俳句の現状と提言」を執筆。
2月、「秩父困民党」所収の『思想史を歩く』上巻が朝日新聞社より、7月、「一茶」
所収の『日本史探訪』が角川書店より出る。
「物と言葉」を毎日新聞に、「衆の詩」を朝日新聞に、「熊猫荘寸景」を「俳句」9月号
10月号に執筆。l一茶・山頭火関係のテレビ・雑誌座談会多し。秩父・平草に山居
を建てる。
※7月、第5句集『早春展墓』(湯川書房)、8月、評伝『種田山頭火』(講談社現
代新書)、11月、評論集『詩形一本-(永田書房)を出版。
昭和50年 (1975) 56歳
2月、大阪で「海程」全国同人会。2月、牧ひでを著 『金子兜人論』(永田書房)
出版。「俳句研究」五月号「特集・金子兜太」に「伝統と現代-私の歩みのなかから」
を執筆。
また『少年」から『早春展墓』よりの自選200句を掲載。「俳句」6月号で田村
隆一と対談「ものと即興とことば」。8月、「海程」諏訪湖勉強会。前年末、「物と言
葉」論争盛んになる。
※6月、『金子兜大全句集』(立風書房)に未刊句集『生長』、第6句集『狡童』を収
めて出版。7月、随筆集『俳童愚話」(北洋社)刊。
昭和51年 (1976) 57歳
2月、名古屋で「海程」創刊15周年記念全国同人大会開催。「俳句」2月号の
角川源義追悼特集に「因縁ばなし」、同誌3月号の石川桂郎追悼特集に 「二十五
年前のことなど」を執筆。6月、九州俳句協会入会で佐世保へ。9月、孫・智太郎
誕生。
昭和52年 (1977) 58歳
「俳句」1月号で飯田龍太・森澄雄と鼎談「俳句の古さ新しさ」。6月、東京で「海
程」創刊15周年記念全国大会開催。テーマを現代俳句の新たな原点を」とする。
「叙情について」を講演。9月、父・伊昔紅、88歳で死去、皆野町町民葬。海程
新社・俳句文庫発足。『現代俳句全集 二」(立風書房)に作品400句と「自作
ノー卜」を収載。「俳句」11月号で高柳重信と対談「俳句にさぐるもの」。
※6月、第7句集『旅次抄録』(構造社)、8月、随筆集『ある庶民考』(合同出版)
を出版。
昭和53年 (1978) 59歳
4月、朝日カルチャーセンターで講義開始。京都嵐山で「海程」全国同人会。
9月、東京・私学会館で「海程関東句集まつり」、兜太以外の句集24冊を対象と
する。10月、『飯田龍太読本』に「露の村」執筆。11月、埼玉県文化賞を受賞。
※6月、『愛句百句』 (講談社) 出版。
昭和54年 (1979) 60歳
3月、上武大学教授を辞す。「海程」150号 (2・3月号)記念特集「俳句形
式の現段階」に「『情(こころ)』と俳諧」を書く。6月、八戸で「海程」全国大会。7月、
秩父俳句道場始まる。10月、『加藤楸邨読本』に「素人」執筆。
12月孫・厚武誕生。
※7月、『流れゆくものの俳諧』(朝日ソノラマ)、9月、『俳句入門」(北洋社)刊。
昭和55年 (1980) 61歳
2月、三重県松阪で「海程」全国大会。7月、大野林火を団長とする第1回俳人
訪中団に加わり、訪中。
※2月、現代俳句叢書『金子兜太』(「旅次抄録』までの自選500句、総合美術社)、
9月、『小林一茶」(講談社現代新書)刊。
昭和56年 (1981) 62歳
2月、奈良で「海程」全国入会。東京・日本橋高島屋美術画廊での「現代俳句直
筆八人展」に出品。
※6月、『中山道物語』 (吉野教育図書)、「熊猫荘点景』(冬樹社)、9月第8句集
『遊牧集」(蒼土舎)をそれぞれ出版。
昭和57年 (1982) 63歳
7月「海程」創刊20周年記念大会を東京上野池之端文化センターで開催。20
周年記念アンソロジー「海程句集」刊。同月、『現代俳句集成』第13巻(河出書房
新社)に第3句集『蜿蜿』収録される。「俳句研究」6月号で「特集・金子兜太論」。
※7月、第9句集 『猪羊集』 (現代俳句協会) 刊。
昭和58年 (1983) 64歳
9月、現代俳句協会北陸地区大会出席のため福井へ。「俳句」11月号の中村
草田男追悼特集に「詩人の死、そしてー」執筆。12月、横山白虹死去のあとを受
けて現代俳句協会会長に就任。角川俳句賞選考委員となる。
※12月、『一茶句集』(岩波書店)、漂泊三人『一茶・放哉・山頭火』(飯塚書店)刊。
昭和59年 (1984) 64歳
「わが戦後俳句史」を「海程」に連載開始。4月、高松での現代俳句協会四国地区
俳句大会に出席。NHKテレビ「三国湊、歌川」に出演」。青島での九州現代俳句協会
大会に出席。9月、大阪で「海程」全国同人総会。10月、名古屋で現代俳句協会
全国入会。
※2月、「兜太俳句教室』(永田書房)、5月、「金子兜太・高柳重信集』(朝日新聞
社・朝日文庫)、6月、評論集『俳句の本質』(永田書房)、12月、随筆集『兜太詩
話』(飯塚書店)、感性時代の俳句塾』(サンケイ出版)刊。
昭和60年 (1985) 66歳
2月、隈治人、主宰の「士曜」大会出席のため長崎へ。3月、「海程」同人・会
友による中国俳句の旅、香港・桂林・漓江を下り広州へ。
「俳句」4月号「特集・飯田蛇芴生誕百年」に「『浪漫』の内奥」を執筆。6月、名古
屋での「海程」全国俳句大会並びに同人総会において従来の同人代表から、主
宰となる。
9月、福島県文学賞選考委員となる。ドナルド・キーンとの対談(NHKテレビ)のた
め奥武蔵都幾川村の慈光寺にゆく。NHK学園俳句大会出席、紅白歌合戦なみの
盛況に驚く。「海程」4月号より各地同人の質問に答える「熊猫荘談話」を開始。
※6月、第10句集「詩経國風』(角川書店)、3月、『現代俳句を読む」(飯塚書店)
12月、「わが戦後俳句史」(岩波新書)刊。
昭和61年(1986) 67歳
NHK市民入学の「一茶」開始。4月、「海程」関西同人との「熊猫荘談話」のため
兵庫県武田尾、広島県尾道へ。5月、鎌倉錬句の会。仙台で現代俳句協会東北
地区俳句入会。6月、「海程」メンバーを中心とする「カナダ俳句の旅」団長として、
カナディアンロッキー8日間の旅。ブリティッシュ・コロンビア大学で講演。11月、飛
騨古川町に句碑建立。(斑雪嶺の紅顔とあり飛騨の国)。
一茶160回忌俳句入会で長野県柏原へ。12月、朝日俳壇選者に決まる。
※12月、第11句集 『皆之』 (立風書房)刊。
昭和62年 (1987) 68歳
7月、現代俳句協会主催 「中国の旅」で、久保田月鈴子らと北京・長安・蘇
州旅行。8月、「25周年記念・海程の集い」を東京・九段会館で開催。テーマは
「古き良きものに現代を生かす」。そのあと伊香保・千明仁泉亭で後夜祭。9月、
高岡市で現代俳句協会北陸地区俳句大会。10月、文化庁、主催国民文化
祭で熊本へ。朝日俳壇、「催「中国江南吟行の旅」で上海・杭州・紹興・鎮江・陽州
を旅行。
山形市で 「奥の細道」全域を踏破した青年画家ロバート・リードと対談。
※8月、『俳句説法』 (さきたま出版会)、9月、『小林一茶-句による評伝』
(小沢書店)、12月、『熊猫荘俳話』飯塚書店)、『放浪行乞』
(集英社、のち集英社文庫)刊。
昭和63年 (1988) 69歳
「俳句研究」1月号より2月号まで、飯田龍太・森澄雄と連載鼎談(10月号休載、
6月号は尾形仂がゲストとして出席)。各回のテーマは順に、「言葉とものと観念と」、
「未完の文芸」、「思想なき時代の俳句」、「日常性と文芸意識」、「俳句への二つ
の道」、「衆庶の情と俳枕」、「生活の佗びと風流」、「俳句と歴史意識」、「写生と
情念と」、「事実と想像力」、「自得の文芸」。3月、現代俳句協会四国大会のため
松山へ。4月、「海程」の 「人間・昭和俳句史」対談のため、志布志に藤後左右
佐世保に坂口涯子を訪ねる。6月、東京口比谷・松本楼で金子皆子句集 『むしか
りの花』出版記念会。現代俳句協会北海道大会のため札幌へ。現代俳句協会東
北人会のため福島へ。1月、紫綬褒章受章。皆子、現代俳句協会賞受賞。
※3月、『兜太の現代俳句塾』 主婦の友社)、6月、対談集「俳諧誼有情』 (対談者
ドナルド・キーン、樋口忠彦、高田宏、井上ひさし、安東次男、飯田龍太、佐佐本幸
綱、小沢昭二 (三一書房)刊。
平成元年 (一九八九) 七〇歳
3月、「中華詩詞学会」発足を祝い、歌人・俳人訪中団に加わり訪中。7月、紫綬
褒章受章記念並びに句碑建立記念の集いを熊谷と長瀞町総持寺にて行う。秩父
俳句道場10周年記念も兼ねる。句は(ぎらぎらの朝日子照らす自然かな)。
11月、朝日俳壇主催「モロッコとスペイン吟行の旅」。
※4月、『各界俳人二百句』 (主婦の友社)、6月、飯旧龍太・森澄雄・尾形仂との
座談集『俳句の現在』 (富士見書房)、
7月、編著『現代俳句歳時記』(例句を昭和以降に絞り、「雑(ぞう)」の郡を設ける。
千曲秀版社)刊。
平成2年 (1990) 71歳
「俳句」1月号より5月号まで、岡井隆と連続対談「定型の現場」。4月、「中国
和歌俳句研究会」の発足大会が杭州で行われ、歌人とともに訪中。9月、北京から
重慶、三峡下り。10月、名古屋で第27回現代俳句全国大会。同月、ドイツ俳人
と交流のため、フランクフルト訪問。時あたかも東西ドイツの壁が取り除かれた
時に当たる。11月、「海程」福井支部20周年記念の会出席のため鮨江・ 武生・
越前海岸へ。NHK衛生放送句会始まる。
平成3年 (1991) 72歳
3月、平原(たんばら)朝日ロッジ俳句会。10月、中国より林林氏を招き秩父を
案内、現代俳句協会俳句大会で講演をしてもらう。
※3月、自選句集 『黄』 (ふらんす堂文庫)刊。
平成4年 (1992) 73歳
1月、日本丸洋上大学にてグアム・サイパンの旅。船上で俳句講義。3月、NHK
ラジオ・四季のうた(俳句担当)終わる。長期の人気番組だった。熊谷市の名刹
常光院に句碑建立。(たっぷりと鳴くやつもいる夕ひぐらし)4月から一年問、NHK
テレビ俳句講座。5月、朝日俳壇吟行の旅でトルコへ。
7月、東京飯田橋・ホテルグランドパレスにて「30周年記念海程の集い」。大会
スローガンは25周年と同じ 「古き良きものに現代を生かす」。そのあと箱根・湯
河原吟行。7月、「海程」30周年評論集成 『海のみちのり』(海程会)刊。
日中文化交流協会常任理事に就任。隠岐神社境内に楸邨句碑建立され、代理
として皆子と除幕式に出席。
(隠岐やいま師の直情の冬の雷)
(師の孫の若しよ山茶花の隠岐に)
(松枯れて時雨れてわれを打つ怒涛)。
※10月、『兜太のつれづれ歳時記』 (創拓社) 刊。
平成5年 (1993) 74歳
1月から2月初めにかけ飛鳥洋上大学でシドニーからオークランドへ。船上で俳句
講義。「俳句研究」五月号「特集・山口誓子の世界」に「物への徹底」を執筆。7月
3日、師・加藤楸邨死去。享年88歳。「俳句研究」8月号が「金子兜太の世界」を
特集。
高井有一との対談「文学性と庶民性」のほか、小川国夫、杉森久英、宗左近ら41
名が寄稿。9月、現代俳句協会訪中団団長としてシルクロードの旅へ。カシュガル
からカラクリ湖まで行く。ウルムチの黄葉よし。「俳句研究」10月号「加藤楸邨追悼
特集」に「師としての楸邨」を執筆。11月、東京八重洲ブックセンターと日本橋丸善
にて「金子兜太の世界」ブックフェア開催。
※1月、自選句集『金子兜太』 (春陽堂俳句文庫)、4月、『遠い句近い句-わが
愛句鑑賞』 (富士見書房)、12月、『現代俳句鑑賞』(飯塚書店)刊。
平成六年 (1994) 75歳
3月、バリ島へ。4月より 「NHK俳壇」再開。5月、勲四等旭日小綬章受章。9月、
芭蕉没後300年記念日独俳句大会出席のためケルンへ。そのあと、ドイツ・イタ
リアのハイク熟と交歓。
※12月、『二度生きる』 (チクマ秀版社)刊。
平成7年(1995) 76歳
八月、青森県東北町の「壺の石碑(いしぶみ)」の傍らに句碑建立。
(日本中央とあり大手鞠小手鞠)。9月、中国の旅。成都から峨眉山へ。そして北
京で中国友好協会ならびに漢俳人たちと交流。
※1月、『金子兜太俳句選譯』中国拝林出版社より李芭訳で出版。
7月、自選句集『金子兜太』 (花神社・花押コレクション) [俳句])刊。
12月、第12句集『両神』(立風書房)刊。
平成8年 (1996) 77歳
「俳句」2月号で佐佐木辛綱と対談「中村草田男の世界」。5月、『両神』により日本
詩歌文学館賞受賞。北上市の授賞式に出席。7月、日本経済新聞に「私の履歴書」
を連載。
8月、前橋市の世界詩人会議で報告。9月、北京市での第一回日中漢俳俳句交流会
に出席、交歓。11月、NHK教育テレビで 「金子兜太の『新俳句諭』」を語る。
※8月、第2句集 『金子兜太句集』 の復刻版を出版。
平成九年 (1997) 78歳
3月、NHK放送文化賞受賞。四月、妻皆子、第二句集『黒猫』出版。同月、東京の
第2回日米俳句大会で報告。7月、現代俳句協会創立50周年記念式典を東京・ホ
テルオークラで開催。中国より林林氏出席。「俳句」9月号で山下一海・佐佐本幸綱
と鼎談「俗こそ俳藷・一茶の世界」、同11月号に「美しく浪費させる」
(細見綾子追悼)。
※2月、黒田杏子、夏石番矢との共著『現代俳句歳時記』 (成星出版)出版。10月、
『兜太の俳句添削塾』 (毎日新聞社)
12月『金子兜太の俳句入門』(実業の日本社)刊。
平成10年(1998) 79歳
「俳句研究」1月号で有馬朗人・稲畑汀子・松崎鉄之介と座談会「俳句の明日を
間う」。5月、多賀城市に句碑建立。(新秋や陸奥一百社鳥集う)。
6月、群鳥県立土屋文明記念文学館にて第5回企画展「金子兜太・高柳重信」戦
後俳句の光彩-」開催。図録を出版。
北海道然別湖に句碑建立。(初夏の月放ちてくちびる山幼し」。7月、富山市で「海
程」全国大会開催。l10月、「南十字星の会」開催。
※1月、『現代俳句鑑賞全集第8巻 金子兜太篇』 (東京四季出版)刊。
平成11年 (1999) 80歳
1月より一年間「俳壇」で若手俳人たちとの連載座談会を行う。5月、宮崎市で
「海程」全国大会開催。6~8月、NHK人間講座「漂泊の俳人たち」執筆。9~11
月、ビデオ撮り。8月、ベルリン 「俳句フェスティバル」で報告。この年、正岡子規
国際俳句賞諸事業に協力。
※1月、『俳句専念』(筑摩書房・ちくま新書)、共編著『草木花歳時記(春の巻)』
(朝日新聞社)刊。4月、編著『現代子ども俳句歳時記』 (チクマ秀版社)刊。
平成12年 (2000) 81歳
共同通信「暮らしの一句」を一年間毎週執筆。3月、現代俳句協会名誉会長に
就任。5月、兵庫県三田・舞子にて「海程」全国入会。
6月、長野県湯田中の湯薫亭 (一茶・井泉水記念館) 開館に出席。8月、埼玉
県桶川市さいたま文学館にて企画展 「金子兜太の世界」開催。
※11月、『漂泊の俳人たち』 (NHKライブラリー)、12月、共編著『鳥獣虫魚
歳時記』 (春・夏の巻)』 (朝日新聞社)刊。
平成13年 (2001) 82歳
第一回現代俳句大賞受賞。「俳句」 7月月号で長谷川櫂・夏石番矢と鼎談
「俳句の未来-「切れ」と「季語」をめぐってー」。「海程」10月号で「東国抄
特集」鎌倉佐弓「光りを貪りながら」、安西篤「産土の『気』 の生動へ」 ほか。
※三月、第句集『東国抄』 (花神社)刊。4月、いとうせいこうとの共著『他流
試合 兜太・せいこうの所俳句鑑賞』 (新潮社)刊。
平成14年 (2002) 83歳
「俳句」2月号の沢木欣一追悼特集に「山鳥」執筆。『東国抄』により第26回
蛇芴賞受賞。「俳句」6月号の「受賞のことば」に、「俳句は『日常詩』。一般性の
なかに一流性を抱懐するものなり。その日常を生生しく、深く、生きていきたい」
と記す。8月31日~9月1日、比叡山・延暦寺会館にて「海程」創刊40周年記念
大会を開催。小康の妻・皆子同伴。「自然存在としての人間」を講演(「海程」12
月号に掲載)。最新の俳句観と安藤昌益の『自然真営道』やメルロ=ボンティに
ふれる。
※筑摩書房より 『金子兜太集』全4巻刊
1月、第3巻 「山頭火-漂泊の俳人/秩父山河」、2月、第2巻 「小林一茶」、
3月、第四巻「わが俳句人生」、4月、第一巻 「全句集」。
平成15年 (2003) 84歳
5月、愛知県・伊良湖ビューホテルで「海程」全国大会。11月、日本芸術院賞
を受賞。
平成16年 (2004) 85歳
「俳句」1月号で小林恭二と対談「俳句縦横無尽」。「海程」一月号より6月号
まで「忙遊日録」を連載。2月、東京ステーションギャラリーの香月泰男展を観る。
5月、福井県芦原温泉・グランディア芳泉にて 「海程」全国大会。のち越前三国
吟行。7月21日、原子公平の葬儀で弔辞を読む。「君は私にとっての重石(おもし)
だった」「君の次の名句を忘れることもない。(白鳥吹かれくる風媒の一行詩)。
この白鳥は原子公平なのだ」。12月27日、母・はる104歳で他界。
(母逝きて風雲(かざぐも)枯木なべて美(は)し)(珍しや耳霜焼けて母の死後)。
※2月、『中年からの俳句人生塾』 (海竜祉)刊。
平成17年 (2005) 86歳
5月、今治と松山で「海程」全国大会。7月月、宮崎市・県立亜熱帯植物園内に
句碑建立。(ここ青島鯨吹く潮われに及ぶ)。10月、黒田杏子著『金子兜太養生訓』
(白水社)出版。12月、日本芸術院会員に任命される。
※5月、鶴見和子との共著『米寿快談』(藤原書店)刊。
平成18年 (2006) 87歳
3月2目、妻・皆子他界。81歳。(亡妻いまこの木に在りや楷芽吹く)
(合歓の花君と別れてうろつくよ)。
5月、宮城県松島町・ホテル壮観で「海程」全国大会。6月19日、東京丸の内・パレ
スホテルで 「金子皆子さんお別れの会」。お別れの言葉を宇多喜代子、西澤實(元
日本放送作家協会理事長)。「海程」6月号で「追悼 金子皆子」。
遺句抄(谷佳紀抄出50句)のほか、追悼記を阿部完市・渋谷道ら37名が執筆。
平成19年(2007) 88歳
5月26日~28日、東京・ホテルグランドパレスおよび千葉県南房総苗・グランドホ
テル太陽にて「海程」創刊45周年記念大会・吟行会を開催。6月、皆子の逼句集『下
弦の月』(角川書店)を編集刊行。長文の「あとがき」で、皆子の生いたちと句歴、闘
病のことなどを書く。
※10月、『酒止めようかどの本能と遊ぼうか』 (中経出版)刊。
平成20年 (2008) 89歳
角川書店の書評誌「本の旅人」2月号より6月号までノンフィクション作家梯久美子
の「金子兜太聞き書き」連載。「海程」2.3月合併号より「新秀作鑑賞」を連載開始。
2月、全国女性俳句大会.3月北九州で女性俳句について講演(発表は「俳句生活
2009」角川学芸出版)。5月、高野山・普賢院にて「海程」全国大会を開催。
6月、「陸」創刊35周年記念大会で『詩経國風』について講演(発表は同誌21年6
月号)。二月、文化功労者に選ばれる。12月、第三回正岡子規国際俳句大賞を受
賞。同月、件(くだん)の会主催「金子兜太さんとの夕べ」で講演(山の上ホテル)。
平成21年 (2009) 90歳
2月、松山と東京にて正岡子規国際俳句大賞受賞記念講演を行う。講演の中で、
原子公平の(戦後の空へ舌蔦死木の丈に充つ)、高柳重信の(眼荒れたちまち朝
の終りかな)のほか、(湾曲し火傷し爆心地のマラソン)
(華麗な墓原女陰あらわに村眠り)の自作にふれる。2月~3月、読売新聞に「時代
の証言者」連載。皆野町名誉町民、熊谷市名誉市民に推挙される。5月、熊谷市の
祝賀会で記念講演。5月、長野県諏訪市での「海程」全国大会に出席。7月、兜太
聞き書きを含む梯久美子著『昭和二十年夏、僕は兵士だった』(角川書店)出版。
8月9口、松山市の第2回俳句甲子園全国大会に出席、総評などを述べる。
8月14日、NHKテレビ「忘れないで、わたしたちの戦争」に五木寛之・奈良岡朋子
と出演、トラック島体験などを話す。
角川書店9月「金子兜太の世界」紀伊國屋書店DVD10月「生きもの」発売
※六月、第14句集『日常』 (ふらんす堂)刊。
平成22年 (2010) 91才
第51回毎日芸術賞受賞
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