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夏白波     伊藤 淳子
金子兜太序に代えて〈抜粋〉

第一句集『春の葉つぱ』がある。初期の十年間の作品をまとめて 平成元年に上梓した。
それから十五年たって、この第二句集が編まれたわけたが、第一句集は題名からも受取
れるように、日常感覚の初々しさ自由さが主調だった。しかしこの句集ではその初々しい

中年の作から充実を確かなものとした壮年への展開が如実に承知できるのである。日常
感覚の内奥に、内なるひろがりが厚く加わってきたものといいかえてもよい。

 内なるひろがり・・・・最初の五句からも十分に受け取れるように、それは、しずかに湛え、
ゆっくりと流れてゆく水のひろがりと重なる。五句のなかに「江の広漠」の語句があに、その
「江」。また、「水草のその全量」、「水位やわらかし」、「水に映りし」と、「水」が顔をだすと

きの、その語句の美しさ。そして「海流どこか寝覚めのよう」と「海流」が物憂げに感じられ
ている、その「海」。湛えられた水。ゆっくり流れてゆく水。伊藤淳子という人の壮年の〈生
の内なるひろがり。

 人は壮年にともなると、万事承知のしたり顔をしたがり、加齢を売物にし、老年に向う自
分を人に押しつけたがるようになる。逆に諦念の貌を明らさまに示して、他人の同情をを
誘うことも多い。壮年は複雑な時期のわけだが、この人にも、俳句にも、その執着の痩せが

見受けられないのである。静かに湛え、ゆっくりと流れてゆく〈生〉の有り態を表現して、止
まることがないから、それこそ海のような充実感があり、健康感さえ伴う。若々しい存在感
がある、といってもよい。



     水草のその全量の晩夏なり

     旅次すでに江の広漠群れとんぼ

     寝そびれて水位やわらかし紅梅

     水に映りししずかな感情五月来る

     草いきれ海流どこか寝覚めのよう

     月白をただぼんやりと家族かな

     屈折とは手渡されたる夏落葉

     馬たちの寝落つ暗さも早春なり

     誰かまた鳥の名を言い受験生

     漂流が始まる春の本気かな

     秋の入江ビアノ弾くよう個室のよう

     濁流が見え穂すすきよ反歌のよう

     ほたるとぶまるで不安な皮膚感覚

     燕来る聞書〈ききがきのような水面に雨

     水草生う腕組むことも産土〈うぶすな〉なり

     芍薬や音沙汰という風のさま

     鰺刺や一方向に濃き煙

     蛸干して大気したたるギイと鳴る

     漂鳥や呼べば芒の軽い手応え

     野ねずみが運ぶ月光こむらがえり

     蕪村富岳図松の根っこがあたたかい

     山楝蛇水に映りし艶なりけり


略歴

昭和7年  東京に生まれる
昭和53年より金子兜太に師事
昭和59年、「海程」同人
昭和63年、現代俳句協会会員
平成元年、句集「春の葉っぱ」牧羊社刊
平成4年、海程賞受賞
平成10年、「吟遊」創刊同人
平成11年、「遊牧」創刊同人
現在「海程」同人、現代俳句協会会員

句集   夏白波
発行所  富士見書房