金子兜太          句集『悲母なりし』高木一惠
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ふらんす堂
定価2,900円

 


   
        句集 『悲母なりし』高木一惠


                      母初子50回忌に捧ぐ




     序      金子兜太

     誠実に軽やかに


    高木一惠の俳句や文章を読んでいると、みどりの葉越しに遠
   くきらめく、細やかな水波を望むおもいがある。静かな、しか
   し閃きを蔵した感性。

    この感性は禅の修行によっても磨かれているようだが、親し
   みつつ吸収していると言いたい気拝が私にはある。

     道元忌ただ傍らに坐りたし

   などと、謙虚な傾倒というよりは、少女のような甘えた姿勢。
   これにかえって余裕を覚えるのだが、本をよく読んでいるその
   姿勢も同じで、とにかく学ぶことにきりきりしていないようだ。

   だから禅僧にさも似た、からりとした諧謔の味が感性の奥に
   隠されていて、

    ピノキオは未だ木の鼻小鳥来る 

    永き日のミトコンドリア骨のなか

   ともつくったりする。これくらいは朝飯前のことなのだろう。
   そして誠実に生き、それを表現しつつ、まっとうに未来に向って
   歩いてゆこうとしている。母へのオマージュとも読める次の句、

   慈母なりし悲母なりしとも冬椿

  が、敬意や讃辞を超えて、客観的で厳しいのは、そのため。



   熊谷40.9oの翌々日に          金子兜太






     「波の諸作」 より

   慈母なりし悲母なりしとも冬椿    高木一惠

  慈母も悲母も同じことである。鬼子母神の母も仲間に入れてよい。
  母は所詮鬼にも悲母にもなる。それが宿命なのだ。

                                 倉橋羊村







   自選句より

   靴ぬけば手児奈の素足かつしか野

   楷若葉をさなき彼と彼女たち

   ピノキオは未だ木の鼻小鳥来る

   コスモスや遊びのやうに支へ合ふ

   もう逆立ちができない電飾クリスマス

   道元忌ただ傍らに坐りたし

   慈母なりし悲母なりしとも冬椿

   短日や食べて働く若き母

   反戦や着替へて淡き花の宿

   永き日のミトコンドリア骨のなか

   漁火やふつと涼しき乳房かな






   反古ともせずに         高木一惠

   ちょうど一年前に初めて松山を訪れ、夫が好きな大江健三郎ゆか
  りの内子町にも寄りました。この町は曾て蝋の生産で栄え、その財
  力をもって子弟の教育に取り組み、日本初の「児童館」もここで誕
  生したのだそうです。ノーベル賞作家の故郷は山間ながら、心豊か
  な伝統のある町なのでした。

   内子を尋ねてまもなく、図書館で偶然に出会ったのが『小説のた
  くらみ、知の楽しみ』 (新潮文庫)という、大江氏が二十数年前に
   書いたエッセイでした。

  感動しました。(五十歳の誕生日を前に) と「あとがき」の最後
 に記して、著者も特別な思いを籠めたでしょうか。第二章の「手紙
 と提言」の中に次のような一節があります。

  「想像力ぐるみ戦略づけられた知的技術によって、われわれが個
  として、かつ人類全体として、生き延びうる未来の経験に、生き延
  びる価値のある未来の人間性に向かうことが必要なのです」
  右の提言によって、私は文芸上の「未来」というものに、はっき
  り対峙させられました。

   金子兜太先生がご講演で 「私も伝統の現代俳人です。ただの現代
  俳人なんていうんじゃ駄目なんです。伝統の内容をちゃんと踏まな
  きやならない、承知しなきゃあならないんです。その上で現代の自
  分が生きてる内容で変えて行く、そういうことなんです」 と話され

  たのも同じ頃でした。(「鬼房俳句の真髄」平成十八年二月、於仙台
  文学館)先生のお話にある「自分が生きてる内容で変えて行く」とい
  うその道筋に、大江健三郎の提言が見えるように恩いました。

   夏炉冬扇の道の辺に、拙い日々の中から紡ぎ出すわが俳句ですが、
  文台を下ろして後反古ともせず、わざわざ活字にしているのです。
  遊びごとで済ませては面目が立たないように思われます。せめて芯
  のところでは、大切にしたいものをいよいよ大切にと、ちょっぴり
  気張って、私は元旦生まれです。


                 (「海程」 429 平成十九年一月号掲載)




 
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