金 子 兜 太

                                
句集の森




俳句界叢書17巻

定価 2800円
 
 句集「春は曙」白川温子                    TOP    BACK         





   句集「春は曙」白川 温子


著者略歴

昭和6年 香川県生まれ、21歳より東京在住
平成10年4月、朝日カルチャー俳句入門科、海程入会
平成12年、朝日カルチャー俳句研究科
平成17年、東京例会新人賞
平成18年、海程同人、現代俳句協会会員




淡白な諧謔           金子兜太




 春は曙昨日と今日を切り離す 温子

 季節の移りや一日の経過に皮肉っぼいのも人の一面だが、それに
心情の味付けが加わると、なんともいえぬ風味が生れる。この人の
心情は意思的で淡白。清少納言にあやかろうとしているわけでもあ
るまいが、日常をさっさと料理して、思いの丈を俳句に書き込もう
としている。なかなかに手際がよく、諧謔の風味がある。

                  二〇〇七年一月八日 熊猫荘にて




何もかも旅立ちもあり花ぐもり

しわぶきやパリ市街図のページ折る

花梔子ミイラの包帯とけている

ワタスゲや白い花が好き雨が好き

風花や君が選びし絵蠟燭

雪女いつも踏み切りにひっかかる

薔薇の芽や嫉妬のナイフまだ研げる

蟇交るわたし肩こりとれぬまま

 海程四十周年秩父吟行 総持寺
蝌蚪まれる知らない単語飛びかえり

きりきりとひっつめ髪や夏惜しむ

冬の川背を見す鯉と曲がりけり

大世帯母七種を荒微塵

詰まっているわたしの涙腺木の芽雨

告白は戯れ言めかし泰日向

鯨群れて来るかも知れぬ夏座敷

葱刻む生活という速度かな

息白しそこいら中は陽のかけら

無花果の葉むしれば白きカタルシス

 東京例会新人賞
春は曙昨日と今日を切り離す

落し文修正液で好きと書く

春雷や轡を咬ます藁の馬

竹落葉もう空想は広がらない

片栗粉ゆるゆる溶けば冬鴎 

機嫌よき手足持つ人冬青草

奧の細道象潟全国俳句大会

西施せつせつ髪洗うよう青田波

 NHK俳句王国
冬の鳥付録でふくらむ少年誌

枯葉踏む回想とは遠い饒舌

キャベツ剥がす軽い屈折凍雲に

春朧戸袋に戸のおさまらぬ

六本木ヒルズ誘蛾灯のようにかな



 

あとがき

 先祖の法要のため故郷に少ない親類が集まった。終えてからすぐ
傍の海に出た。よく晴れた瀬戸内海のおだやかな波がゆったりと寄
せている。数年に一度しか故郷に帰らない上に墓参りと神社にお参
りするだけで二時間と居たことかないが、今回は違った。ずっと心
にかかっていた法要に甥を連れて父祖の地を見せることが出来たか
らで宿題を果たした気分であった。

 家は五十四年前に潰れてしまい、生家はあるものの他人が住んで
いる。他人の住んでいる家など見たくもなくいたたまれない気拝で
長くいられず故郷はもう私にはないのだと固く封印していた。
 なつかしいがつらい気分だったのが今日は違った。五十四年前に
家を後にしてから海に出たのは初めてだった。

 見渡せば山は穏やかな肩を持ち、なだらかに讃岐平野に続いてい
る。海は子供の頃家から毎日のように遊びに行っていたところ。島
の名前がすらりと出るところに何の違和感もなかった。波うち際に
貝を見つけて拾ったところで、ああ私には故郷があったのだと
じーんとした。まさに春、春の海がわたしにはある。

春は曙の句が自然と身のうちにひたひたと満ちてきた。長年の封
印が解けたのであった。

 この句を秩父俳句道場に出したら東京例会新人賞を頂いた。兜大
先生は私の身の上をご存知である筈はない。が、分かってくださっ
ているのだと本当に嬉しかった。

 ここ何年からか句集はいつ出るのと言われ続け、え、わたしです
か、と問い返しながら先輩の方々の素敵な句集を頂戴するたびまだ
そんなこととてもとてもと人ごとのように思い、何時か句集なるも
のを出せたらとは思っていたが、七十歳近くなってから始めた句を
何とかまとめようとパソコンに入れていたら句集の形になって来た。
入門科で初めて作っておそるおそる出した句から十八年秋までの七
年半の句を作った順どおりに並べたら出す気拝が固まった。

 今年は昔でいうと喜寿になることになる。
 この世の中にこれほどご多忙を極められている方は兜大先生より
他には存じあげないという程のお忙しい兜大先生に恐る恐るお願い
したら私の記念の句「春は曙」に序文を頂戴した。感激と嬉しさに
感謝をいくら申し上げても申し上げきれぬ思いに、もっともっと励
まなくてはと自分に言い聞かせている。

胃の手術をし、沢山の方から、またさまざまの形で大勢の皆様に
お世話になりここまで来ることが出来ました。句の世界でもどれだ
けご指導やお励ましを頂いていることか、私はとても恵まれている
とつくづく感じております今日この頃でございます。

 カルチャーに俳句の講座があるよ、金子兜太という先生がいるよ
と教えて頂いたのも何かのご緑でお蔭で句集という形で私のこの世
にあったという印を残すことが出来たと思います。

                      ありがとうございました。  

                         平成十九年三月   白川温子



       copyright © kaneko tohta All rights reserved.