金 子 兜 太

                                
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 句集の森『先頭の石』 大沢輝一         TOP    BACK         


  句集 『先頭の石』 大沢輝一





  著者略歴  大沢輝一

  1942年   福井県鯖江市生れ。
  1960年   職場俳句会で「育玄」同人の源田早苗氏を知る。
           同時に多賀九江路氏(青玄無鑑査同人)に師事。
  1969年   「海程」入会、金子兜太氏を師とする。
  1973年   同誌同人 第二十三回海程賞 受賞。
  1999年   俳句同人誌「狼RO」創刊(季刊)。代表。
           現代俳句協会会員



 有貴(ゆき)

 日照雨老いをいちにち壁に置き

 ねむりぐすり音曳いて降る青霰

 あめのくに鼠も僧も刹那光り

 草まんだら鼠も混じり漂着し

 ずるっと暗しウマヅラという魚煮え

 魚むしる老人二人の顔じゅう霧

 秋情(ごころ)野鯉がきしみきしみゆく

 白鳥はひゅうひゅうとし首折るや

 沙羅咲くや寺を焼く火は美(かな)しきか

 冬といえば肉屋の鉤が空いている


 恵水(えみ)

 羽化の蝉めしふっくらと炊けるよう

 鈴虫が鈴虫食うよさくさくと

 秋まろしうさぎ百羽と眠る嬰(やや)

 まっしろな神事二月の火を運ぶ

 半身は夏の木になり溶けている

 ふる雪やほとけの寝まる処なし

 白鳥のこっぱみじんに哭きつづく

 純という馬の眼をゆく春の傘

 夏嗚呼と嬰の尻べたを洗いおり

 薪割る影百枚を冬という



 萌菜(もえな)

 仏間では老人雨の顔になり

 瓜花のたくさん母は行ったきり

 鶏がけむりを生みし半夏生

 さかだちの少年冬のかなしみか

 月に哀ありやわらかに感電する

 十二月ざざりざざりと骨の母

 海には嘗て諸葛菜が咲いていた

 深雪などずきんと生の声があり

 地下街の冬人(びと)ふたつにわかれおり

 ひと月や赤子はすごいかたまりだ






 あとがき


 高い思想もなくはじめた俳句だが、四十年近く書き続けて来た。途中で何度挫折という
苦汁を舐めた事か。その度に素敵な仲間との出会いがあり、続けられた理由である。

 歴史は、変化しながら歩いている。変化につれて人間も変ってゆくのも当然である。
その当然だが、人間を中心にこの地球があると思っている人の多きにも驚く。何万種
の生き物が共生してこそ地球と言える。螢やめだかの棲処からそれを奪い、樹木を伐
って砂漠化したのは誰だろうか。異国から鳥の卵を譲り受け、その卵を大事に飼育す
るは誰だろう。思いあたるのは、人間の思い上りである。

小さな野の草ひとつひとつであっても、世の中の役に立っていないものは無いと断言
できる。
 平成十一年十月、同人誌「狼RO」を創刊した。当初五名で創刊したのだが、思いは
熱く現在十二名で続けている。「狼RO」の座談会の内で、北陸の念を書けるのは、私
しかいない。北陸に拘って書くと大言したものだ。そのなかでこうも言っている。私は、
俳句作品を通して、私(作者)


が訴えようとしているもの、それは、人間の深層の風景である。終焉、終末の声を書き
たい。読み手(私)の人生経験や成熟度の差によって表面のみに終ることがあると発
言したら、即倣慢だと言われたが、今もって未成熟のままの私だが、良い意味での倣
慢が無くて何ぜ俳句を書くのか。作者イコール読者という関係が強い俳句世界。それ
ぞれが成熟度を高め合いたいと思っている。

 俳句は、日々変る陽差しの中から掌に掬い上げる詩の魂であると考える。俳句の基
本型である五七五の韻律。その描くものは、韻律をもっとも大切にしながら、その土地
土地の風土を肌で感じ、感じた景を自分の体内を通しながら自分のことばで機敏に感
じ取りたい。人間として陽差しのなかで生活すること。

陽差しにも歴史があること。それらを感受したい。これらの景を描き続けることは、言い
かえれば、私の生きる証しとして句を残したいものである。〝平明″に〝新鮮″に
〝本格″に。

 まだまだ未完への思いは大きい。各章のタイトルは、有貴平成十一年六月生れ、恵
水平成十四年八月生れ、萌奈平成十四年五月生れの孫の三人の名前から付けた。
すこやかなる成長を望んでいる。

 終りになりましたが、私を句集上梓への気にさせて下さった、㈱美研インターナショナ
ルの皆様に感謝申し上げます。

                平成17年4月吉日            大沢輝一


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